巻三 (43)藤六の事


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 今は昔、藤六という、歌詠みの名人がいた。
 さてこの藤六が、ある下人の家に忍び込み、
 誰もいないなと思いながら、鍋の煮物をすくっていると、
 水汲みを終えた下人の女房が、
 表から戻ってきた。

 戻った女房。
 藤六がそんなふうに鍋のものをすくい、食っているものだから、
「やい、どういうわけで人もいないところへ入り込み、そんな真似をしているんだ。
 ……あら情けなや。 誰かと思えば藤六じゃないか。
 だったらこの状況で、得意の歌でも詠んでみるんだね」
 と言うので、藤六は、

  昔より阿弥陀ほとけの誓いにて 煮ゆるものをばすくうとぞ知る
  ――昔から阿弥陀さまの誓いで、煮られるものはすくうことになってるはずです

 そんな歌を詠んだという。




原文
藤六事

今は昔、藤六といふ歌よみありけり。下種(げす)の家に入りて、人もなかりける折を見つけて入りにけり。鍋(なべ)に煮(に)ける物をすくひける程に、 家あるじの女、水を汲(く)みて、大路(おほち)の方より来て見れば、かくすくひ食へば、「いかにかく人もなき所に入りて、かくはする物をば参るぞ。あなうたてや、藤六にこそいましけれ。さらば歌詠(よ)み給へ」といひければ、
昔より阿弥陀(あみだ)ほとけのちかひにて煮ゆるものをばすくふとぞ知る
とこそ詠みたりける。



(渚の独り言)

ほのぼの。
女の方もそんなに怒ってる様子も無いですし。
こういう無難な話が、教科書に出てくるのでしょうね。





See You Again  by_nagisa


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