巻二 (27)季通、災いに遭わんとする事(後)


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巻二 (27)季通、災いに遭わんとする事(後)





 
 やがて夜明けも近づき、
 季通は、いつもの小舎人が迎えに来た気配を察したが、
「おい小僧、おまえは何だ」
 と、侍たちの気色ばって問い詰める声。

 だがこの言い方に、小舎人は異変を察知したようで、
「へえ。ご読経に参る小坊主でございます」
 と名乗ると、
「ちっ。さっさと行け」
 という声が聞こえる。

「よしよし、うまく言い抜けた。だが、いつもの侍女の名を呼べば、
 あの者たちに聞こえてしまうに違いないが……」
 と、季通が思っていると、どうやら、屋敷へは入らずに行き過ぎた様子。
「うむ、小舎人も心得ているな。賢い奴だ。
 そういう心であれば、何か作戦でも立てるだろう」
 と、小舎人を信頼しているうちに、大路の方から女の声で、
「強盗! ひ、人殺しっ!」
 という悲鳴。

 これを聞くや、侍どもは、
「捕まえろ! 難しいことではないぞ!」
 と一斉に駆け出し、門は錠をかって開かないので、築地塀の崩れから往来へ飛び出すと、
「どっちへ行った」
「こっちだ」
「あっちだ」
 とわあわあ騒ぎ回った。

「小舎人の仕業だな」
 と季通は察して、庭に降りてみると、
 築地塀の崩れたところには人が出て、わあわあ騒いでいるが、
 幸い、門はひと気も無く閉ざされたままだったので、そこへまっしぐらに駆け寄ると、
 錠前を力でねじ切り、閂を引き抜いて開門するや、そのまま走り抜けた。

 そうして、土塀を走り過ぎる頃に、ちょうど、小舎人の子供と行き会い、
 三町ばかり走り、ようやくほっと息をついたところで、
「どういうことだったのだ」
 と尋ねると、

「はい。いつになく、門が閉ざされている上、築地のところには男たちが出て、
 物騒な顔で呼び止めるので、『ご読経の小坊主ですよ』といって通り過ぎました。
 それで引き返して、どうしようかと思案していましたが、
 旦那様には、ひとまず、私が迎えに参ったことを知らせなければと、
 声をお聞かせして、それから往来へ出 たところ、
 ちょうどお隣の女の子が大便をしていましたので、これ幸いと、
 頭を押さえつけて着物を剥ぎ取ってやったのです。
 すると悲鳴があがりますので、屋敷の侍どもが飛び出して来る、
 よし、これなら外にお出になるだろうと、駆けてきた次第です」
 と、答えたものだった。

 子供とはいえ、賢く気の利いた者は、こういうことをしてくれるのだ。




原文

かかる程に、暁方(あかつきかた)になりぬらんと思ふ程に、こ の童いかにしてか入りけん、入り来る音するを、侍、「誰(た)そ、その童は」と、けしきどりて問へば、あしくいらへなんずと思ひゐたる程に、「御読経(ど きやう)の僧の童子に侍り」と名のる。さ名のられて、「とく過ぎよ」といふ。「かしこくいらへつる者かな、寄り来て、例呼ぶ女(め)の童(わらは)の名や 呼ばんずらん」とまたそれを思ひゐたる程に、寄りも来(こ)で過ぎて往(い)ぬ。「この童も心得てけり。うるせきやつぞかし。さ心得てば、さりともたばか る事あらんずらん」と、童(わらは)の心を知りたれば頼もしく思ひたる程に、大路に女声(ごゑ)して、「引()(は)ぎありて人殺すや」とをめく。それを 聞きて、この立てる侍(さぶらひ)ども、「あれからめよや。けしうはあらじ」といひて、みな走りかかりて、門をもえあけあえず、崩れより走り出でて、「何 方(いづかた)へ往(い)ぬるぞ」、「こなた」、「かなた」と尋ね騒ぐ程に、「この童の謀(はか)る事よ」と思ひければ走り出でて見るに、門をばさしたれ ば、門をば疑はず、崩れのもとにかたへはとまりて、とかくいふ程に、門のもとに走り寄りて錠をねぢて引き抜きて、あくるままに走り退きて、築地(ついぢ) 走り過ぐる程にぞこの童は走りあひたる。
具(ぐ)して三町ばかり走りのびて、例のやうにのどかに歩みて、「いかにしたりつる事ぞ」といひければ、「門どもの例ならずされたるに合せて崩れに侍ど もの立ち塞(ふさが)りて、きびしげに尋ね問ひ候(さぶら)ひつれば、そこにては、『御読経の僧の童子』と名乗り侍りつれば、出で侍りつるを、それよりま かり帰つて、とかくやせましと思ひ丘へつれども、参りたりと知られ奉らでは悪(あ)しかりぬべく覚え侍りつれば、声を聞かれ奉りて帰り出でて、、この隣な る女童(めらは)のくそまりゐて侍るを、しや頭取りてうち伏せて衣(きぬ)剥(は)ぎ侍りつれば、をめき候ひつる声につきて人々ででまうで来つれば、今は さりとも出でさせ給ひぬらんと思ひて、こなたざまに参りあひつるなり」とぞいひける。童子なれども、かしこくうるせき者はかかる事をぞしける。



(渚の独り言)

用を足していたところを着物を剥ぎ取られた女の子がかわいそすぎる……。

橘季通:
たちばなのすえみち。
平安時代中期の歌人。橘則光の子。母は因幡守橘行平(則光の兄弟)女。則長・光朝らの兄弟。子に季綱がいた。ちなみに父・橘則光の妻の一人は、清少納言です(のち離婚)。
あんまり事跡が無いですね。



See You Again  by-nagisa

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