巻四 (56) 妹背島の事


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土佐の国、幡多郡(はたのこおり)というところに住む下人があって、
 この男、近所ではなく、別の里に田をつくっていた。

 さてある年。
 この下人が田植えのため、自分の里で苗代をこしらえ、
 田植え要員の食事はもとより、
 鍋、釜、それから鋤に鍬、唐鋤といった田植え道具を舟に積み込むと、
 11-2歳になる息子、娘二人を先に舟へ乗せておき、
 自分たち夫婦は、人足を雇うため、陸の方へちょっと戻っていた。

 少しの間だからと、舟は砂地へ引き上げておくだけで、
 特に縄で繋いでおかなかった。
 そしてその間に、子供は船底で眠ってしまった。

 と、そのうちに潮が満ちてきたため、舟が水に浮かび上がってしまった。
 舳先から風に流されるうち、舟は干潮に引かれて、
 河口から遙かに離れてしまった。
 そうして沖へ出れば強く風が吹いているから、舟は帆をあげたように流されて行く。

 その時ようやく、船底で眠っていた童子が起きて、見れば、
 周りに何も無いような沖合に流されていたため、泣き喚いたがどうしようもない。
 どこへとも知れず、ただ風に吹き流されるばかり。

 一方、ようやく両親が、田植えの人足を雇い集め、
 舟に乗ろうと戻ってきたが、舟が無い。
 風に流されたのだと、しばらくの間あちこち見て回り、
 子供の名を呼び騒いだが答えは無く、
 浦々を探し求めたが見つかることはなく、
 こうなっては仕方あるまいと、とうとう探すこともあきらめてしまった。

 こうして、舟は、遙かな南の島へと吹かれ、着いた。
 子供たちは泣く泣く舟から降り、木に繋いで辺りを見たが、ひと気は無い。
 戻る方角さえ分からず、
「今はどうすることも出来ない。でも、だからといって、命を捨てちゃいけない。
 舟の食べ物があるうちは少しずつ食べて生きて行ける。
 けど、これが無くなった時は命は無い。さあ、この苗が枯れないうちに、植えるんだ」
 と言えば、
「そうだね」
 と、清水の流れのある、田を作るにふさわしい場所を探し出し、
 鋤、鍬は舟に積んであるので、ともかく木を切り、小屋などもつくった。

 果物の木が多いので、それを取り、暮して行くうちに秋になり、
 そういう運命にあったのであろう、
 つくった田んぼには稲がことのほかよく実り、刈り置くこともできた。

 やがて自然と兄妹は夫婦となった。
 男子、女子、たくさん生み続けて、それらも夫婦となった。
 大きな島だったため、田畑もたくさんに広がり、
 やがてこの頃は、兄妹が生み続けた子供たちが島からあふれるほどになってるという。

 島は妹背島といって、土佐の国の南の沖にあるのだと、語られている。




原文
妹背嶋の事

土佐国幡多(はた)の郡(こほり)に住む下種有けり。おのが国にはあらで、異国に田をつくりけるが、おのがすむ国に苗代をして、植ゑん人どもに食はすべき物よりはじめて、なべ、かま、すき、くは、からすきなどいふ物にいたるまで、家の具を舟にとりつみて、十一二ばかりなるをのこ子、女子、二人の子を、舟のまのりめにのせ置きて、父母は、植ゑむといふ者やとはんとて、陸にあからさまにのぼりにけり。舟をば、 あからさまに思て、すこし引すゑて、つながずして置きたりけるに、此童部ども、船底に寝いりにけり。潮のみちければ、舟はうきてりけるを、はなつきに、すこし吹いだされたりけるほどに、干潮にひかれて、はるかにみなとへ出でにけり。沖にては、いとど風吹まさりければ、帆をあげたるやうにて行。其のときに、童部、おきてみるに、かかりたるかたもなき沖に出でたれば、泣きまどへども、すべきかたもなし。いづかたともしらず、ただ吹かれて行にけり。さるほどに、父母は、人々もやとへあつめて、船にのらんとて来てみるに、舟なし。しばしは、風がくれに指かくしたるかと見る程に、よびさわげども、たれかはいらへん。浦々もとめけれども、なかりければ、いふかひなくてやみにけり。
かくて、この舟は、遥の南の沖にありける嶋に、吹きつけてけり。童部共、泣々おりて、舟つなぎて見れば、いかにも人なし。かへるべき方もおぼえねば、嶋におりていひけるやう、「今はすべきかたなし。さりとては、命を据つべきにあらず。此食ひ物のあらんかぎりこそ、すこしづつも食て生きたらめ。これつきなば、いかにして命はあるべきぞ。いざ、この苗の枯れぬさきに植ゑん」といひければ、「げにも」とて、水の流のありける所の、田に作りぬべきを求めいだして、鋤、鍬はありければ、木きりて、庵などつくりける。なり物の木の、折になりたる多かりければ、それを取食てあかしくらすほどに、秋にもなりにけり。さるべきにやありけん。つくりたる田のよくて、こなたに作たるにも、ことの外まさりたりければ、おほく苅置きなどして、さりとてあるべきならねば、妻男に成にけり。男子、女子あまた生みつづけて、又それが妻男になりなりしつつ、大なる嶋なりければ、田畠も多くつくりて、此ごろは、その妹背がうみつづけたりける人ども、嶋にあまるばかりになりてぞあんなる。
妹背嶋とて、土佐の国の南の沖にあるとぞ、人かたりし。



(渚の独り言)

妹萌えですね。

妹背:
いもせ。夫婦。また兄と妹、姉と弟。

妹背島:
高知県宿毛市(横に長い高知県の、左下)の果てに浮ぶ、「沖の島」のことらしいです。
島の真ん中に高い山があって、今でも「妹背山」と呼ばれています。





  See You Again  by-nagisa

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