巻二 (30)唐卒都婆、血つく事


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巻二 (30)唐卒都婆、血つく事





 
 昔、唐土にとても大きな山があって、
 山頂に、巨大な石の卒塔婆が立っていた。

 山のふもとには、八十歳にもなる老婆が住んでいて、
 日に一度、山の峰にある卒塔婆を見に行っていた。
 大きな山で、麓から峰に登るのはまことにきつく、険しい道が延々と続いていたが、
 雨が降ろうが雪が降ろうが、風が吹き、雷が鳴って、道が凍てつく日であろうとも、
 また真夏の灼熱の日にも、老婆は一日も欠かさず、卒塔婆のもとまで登っていた。

 こういう老婆のことを知らなかった、とある若者の一団が、
 夏の盛りに峰に登って、大きな卒塔婆のもとで涼んでいると、
 腰を二つ折りにしたような老婆が、汗だくだくで、杖にすがりながらと登ってきた。

 信心のため卒塔婆の前でぬかずいたり、拝んだりするのかと思えば、
 老婆は卒塔婆の周りを巡るだけで、さっさと帰ってしまう。
 それを何日も続けている様子なので、
「今日またやって来たら、どういうわけか聞いてやろう」
 と、みんなで言い交わして、待っていると、
 やがていつも通り、へろへろになって老婆が登ってきた。

 男たちは、
「婆さんは、一体なんのためにここへ来ているんだ。
 我々は、熱くて辛い道を登ってきて、ここで涼んでから山を下りようと考えているが、
 あんたは涼しむわけでもなく、別に何をするわけでもなく、
 ただ卒塔婆を見ながら歩くだけだ。
 毎日毎日やって来るが、おかしいだろう。どういうわけがあるのか、教えてくれ」

 そう言うと、老婆は、
「なるほど、あなた方のような若い衆には、奇妙に見えるな。
 だがわしは、物心がついてから七十年余り、
 日ごとにこうして登ってきて、卒塔婆を見ておる」

「だから、それがおかしいと申すのだ。どうしてそんな真似をするのだ」

「わしの親は、百二十歳で死んだ。
 祖父は百三十余りで、そのまた爺様は、二百余年も生きた。
 その人たちの言い置かれたことによれば、
『この卒塔婆に血の付着したとき、この山は崩れ、深い深い海となる』
 そのようにわしの父が申されたゆえ、
 山の麓に住まう身だ、山崩れなどが起きれば死ぬることになる。
 このため、もし血が付着しておればすぐに逃げ出さねばならぬと思い、
 こうして毎日見に来ている次第だ」

 若い衆は、何て馬鹿馬鹿しいことだと、老婆を嘲弄して、
「それはおそろしいこと。是非とも、山の崩れる時には我らにもお告げくださいな」

 だが老婆は、自分が馬鹿にされているなどと思わず、
「あたり前のこと。わし一人が逃げ延びようとして、人に告げぬことがあろうか」
 と言って、帰って行った。

 さて、男どもは、
「もう今日は来ないだろうから、明日来たところを吃驚させて、
 走って行くところを笑ってやろうじゃないか」
 と、わざと血を出して卒塔婆にべったりと塗りつけると、
 里へ下りてきて、
「ふもとの婆さんが毎日飽きもせずに峰へ上り、卒塔婆を見ているので、
 どういうわけかと聞けば、しかじかのことだと言う。
 明朝、これをびっくりさせるため卒塔婆へ血を塗りつけてきたから、
 さぞ派手に山が崩れるだろうよ」
 とゲラゲラ笑い、
 里の者たちも、この馬鹿馬鹿しい企てに、こっそりと笑い合っていた。

 そして翌日。
 いつもどおり峰に登った老婆は、
 卒塔婆にべったりと血がついているのを見るや、顔色を変えて、
 転がらんばかりに里まで飛んで帰ってきて、
「里の衆、早く逃げて命を助けなされ。
 すぐにも山が崩れて、深い深い海になりますぞ!」
 と、里中へ告げて回り、
 自分も家に帰ると、孫、子みんなに家財道具いっさいを持たせ、
 自らも持てるだけ持って、慌てふためきつつ、別の里へ逃げていった。

 これを見て、例の若い衆は手を叩いて大笑いしていたが、
 そのうちに何だか辺りがざわざわと、騒がしいような気がしてきた。

 風が吹いてくるか、雷が鳴るか……と見ていると、
 空は曇り、にわかに恐ろしい色を帯びたと思うと、山がいきなり震え出して、
「これはどうしたことだ」
 と、びっくりして、大騒ぎしている間に、山はただ崩れに崩れて行くので、
「あの婆さんの言ったことは本当だった!」
 と逃げ出して、逃げ切れた者もあったようだが親の行方は分らず、
 あるいは子供を失ったりした。

 老婆の方は、家のものをいっさい失わず、
 無事に逃げ延びて、別の村で平和に暮したという。

 ともかく山はすべて崩れて深い海となった。
 老婆を嘲笑していた連中はみんな死んでしまった。
 まったく、とんでもない話だ。




原文
唐卒都婆血つく事

むかし、もろこしに大(おほき)なる山ありけり。其(その)山のいただきに、大なる卒都婆(そとば)一かてけり。その山のふもとの里に、年八十斗(ばか り)なる女の住みけるが、日に一度、其山の峯にある卒都婆(そとば)を、かならず見(み)けり。たかく大なる山なれば、ふもとより峯(みね)へのぼるほ ど、さがしく、はげしく、道遠かりけるを、雨ふり、雪ふり、風吹(ふき)、いかづちなり、しみ氷(こほり)たるにも、又あつ苦(くるし)き夏も、一日もか かず、かならずのぼりて、この卒都婆(そとば)を見(み)けり。
かくするを、人、え知(し)らざりけるに、わかき男ども、童部の、夏あつかりける比(ころ)、峯にのぼりて、卒都婆(そとば)の許(もと)に居つつ涼 (すず)みけるに、此(この)女、あせをのごひて、腰二重(ふたへ)なるものの、杖(つえ)にすがりて、卒都婆(そとば)のもとにきて、卒都婆(そとば) をめぐりければ、おがみ奉るかと見れば、卒都婆(そとば)をうちめぐりては、則(すなはち)帰々(かへりかへり)すること、一度にもあらず、あまたたび、 この涼(すず)む男どもに見(み)えにけり。「この女はなにの心ありて、かくは苦(くる)しきにするにか」と、あやしがりて、「けふ見えば、このこと問は ん」と、いひ合せけるほどに、つねのことなれば、此(この)女、はふはふのぼりけり。男ども、女にいふやう、「わ女は、なにの心によりて、我らが涼(す ず)みにくだるに、あつく、苦(くる)しく、大事(だいじ)なる道(みち)を涼(すず)まんと思ふによりて、のぼりくるだにこそあれ、涼(すず)むことも なし、べちにすることもなくて、卒都婆(そとば)を見めぐるを事にして、日々にのぼりおるること、あやしき女のわざなれ。此故(このゆゑ)しらせ給へ」と 云(いひ)ければ、この女「わかきぬしたちは、げに、あやしと思(おもひ)給(たまふ)らん。かくまうできて、此卒都婆(そとば)みることは、このごろの ことにしも侍らず。物の心知(し)りはじめてよりのち、この七十餘年、日ごとに、かくのぼりして、卒都婆(そとば)を見(み)奉るなり」といへば、「その ことの、あやしく侍(はべる)也。その故(ゆへ)をのたまへ」ととへば、「おのれが親は、百二十にしてなん失せ侍(はべり)にし。祖父(おほぢ)は百三十 ばかりにてぞ失(う)せ給へりし。それにまた父祖父(ちちおほぢ)などは二百餘年まで生(い)きて侍(はべり)ける。「その人々のいひ置(を)かれたりけ る」とて、「この卒都婆に血のつかん折(おり)になん、この山は崩(くづ)れて、ふかき海となるべき」(と)なん、父の申(まうし)置(を)かれしかば、 ふもとに侍る身なれば、山崩(くずれ)などは、うちおほはれて、死(しに)もぞすると思へば、もし血つかば、逃(にげ)てのかむとて、かく日ごとに見 (み)るなり」といへば、この聞(き)く男ども、をこがりあざりけて、「おそろしきことかな。崩(くづ)れんときには、告(つげ)給へ」など笑(わらひ) けるをも、我をあざりけていふとも心得ずして、「さらなり。いかでかは、われひとり逃(にげ)むと思(おもひ)て、告(つげ)申さざるべき」といひて、帰 (かへり)くだりにけり。
この男ども「此(この)女はけふはよも来(こ)じ。あす又来(き)てみんに、おどしてはしらせて、笑(わら)はん」といひあはせて、血をあやして、卒都 婆(そとば)によくぬりつけて、この男ども、帰(かへり)おりて、里のもの共(ども)に、「此(この)ふもとなる女の日ごとに峯(みね)にのぼりて卒都婆 (そとば)みるを、あやしさに問(と)へば、しかじかなんいへば、あすおどして、はしらせんとて、卒都婆(そとば)に血(ち)をぬりつるなり。さぞ崩(く づ)るらんものや」などいひ笑(わら)ふを里の者どもきき傳(つたへ)て、をこなる事のためしに引(ひき)、笑(わらひ)けり。
かくて、又のひ、女のぼりて見るに、卒都婆(そとば)に血(ち)のおほらかにつきたりければ、おんな、うち見(み)るままに、色をたがへて、倒(たう) れまろび、はしり帰(かへり)て、さけびいふやう、「この里(さと)の人々、とく逃(に)げのきて命生(い)きよ。この山はただいま崩(くづれ)て、深 (ふか)き海になりなんとす」とあまねく告(つ)げまはして、家に行(ゆ)きて子孫どもに家の具足(ぐそく)ども負(お)ほせ持(も)たせて、おのれも持 (も)ちて、手まどひして、里(さと)うつりしぬ。これを見(み)て、血つけし男ども手をうちて笑(わら)ひなどする程に、そのことともなく、さざめき、 ののしりあひたり。風の吹(ふき)くるか、いかづちのなるかと、思(おもひ)あやしむほどに、空もつつみやになりて、あさましくおそろしげにて、この山ゆ るぎたちにけり。「こはいかにこはいかに」とののしりあひたる程に、ただ崩(くづ)れに崩(くづ)れもてゆけば、「女はまことしけるものを」ばどひて逃 (に)げ、逃(に)げえたる者もあれども、親のゆくへもしらず、子をも失(うしな)ひ家の物の具(ぐ)一も失(うしな)はずして、かねて逃(に)げのき て、しづかにゐたりける。かくてこの山みな崩(くず)れて、ふかき海となりにければ、これをあざけり笑(わら)ひしものどもは、みな死にけり。
あさましきことなり。



(渚の独り言)

こわいですね。

卒塔婆:
そとば。現代日本だと、墓石の傍らの、細長い木に、ごにゃごにゃと戒名などを書き付けたものですが、もともとは、石の台座に、簡単な塔みたいな構造の建物のことみたいです。
要するに、石の塔くらいの認識で良いかなと思いました。 



See You Again  by_nagisa

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