巻三 (33)大太郎盗人の事(前)
巻三 (33)大太郎盗人の事(前)
昔、大太郎という、たいそうな、盗人の大将軍がいた。
あるとき、京都へ出向いて、何か盗み出せそうな家があれば侵入してやろうと、
あちこち見て回っていると、周囲も荒れて、門なども傾いた屋敷を見つけた。
隙間から覗くと、屋敷内に男気は無く、女がいるだけで、さらに、
張り布をたくさん散らかしながら、八丈絹などの高級品売りを大勢中へ呼び入れて、
襟替えをさせつつ、お買い上げになっている様子。
これは相当な金持ちだぞと、なおも見ていると、
ちょうど風が南側の簾を吹き上げ、蓋の開いた、編み籠の容れ物の前に、
うずたかく、絹と思しき布地が取り散らかしてあった。
これを見た大太郎。
「これは良い。神様が、この俺に贈り物をしてくれたようなものだ」
と思い、走って帰ると、人から八丈布を借りてきて、
「ええ、布売りでござい」
と屋敷へ入って見れば、
やはり、内側にも屋敷のどこにも男というものは無く、女がいるばかり。
また、編み籠も多く、とりわけ絹が山ほどもあったから、これは相当な物持ちだと確信。
そして、八丈の布は、高めの値段を言って売らずに持ち帰り、持ち主に返却すると、
盗人の子分たちに、
「こういう家があったぞ」
と伝えた。
そして、早速その夜。
屋敷へ出かけて、門から押し入ろうとした瞬間、
「あっ」
と、煮えたぎった湯を顔へ浴びせられたような感覚になって、
足がすくんで、どうにも入ることができなくなってしまった。
「これはいかなることだ」
と、みんなで入ろうとするが、どうしても恐ろしい気がするので、
「こういう日もある。仕方ないから、今日はあきらめよう」
と、引き返すことになった。
そして、その翌早朝、
「夕べのは一体何だったんだ」
と、売り物を持たせた子分たちとともに、屋敷を表から見てみるが、
別段、どこかに支障があるようには見えない。
「あれだけの物がある屋敷で、女がいるばかり。
押し入って、財産を取り上げるだけなんだから、何ということもないはずだが」
と、何度も確かめ、また日暮れを待って押し込もうとするが、
やはり何かしら恐ろしさを覚え、どうしても入ることが出来ない。
「おいおまえ、まず入れ」
「いやいや、おまえが入れ」
と言い合うばかりで、やっぱりこの夜も入ることができなかったのである。
そして翌朝。
ふたたび見に行くが、やはり、おかしなところは無い。
これは自分の気の迷い。
臆病風に吹かれただけだ――と思い、身支度を調えて、
みたび、夜中の屋敷へ出かけたところが、今夜は昨日にもまして恐ろしい。
「お、おい。これはどうしたことだ」
と言い、子分を振り返ると、
「言い出しっぺの親分が入ってくださいよ」
「それはそうだが……」
と、身を屈めて屋敷中へ忍び込んだから、子分たちも続いて入った。
【つづき】
原文
大太郎盗人事
むかし、大太郎とて、いみじき、人の大将軍ありけり。しれが京へのぼりて、物とりぬべき所あらば入りて物とらんとて思て、うかがひ歩きける程に、めぐりもあばれ、門などもかたかたは倒れたる。よこざまによせかけたる所のあがげなるに、男といふものは一人もみえずして、女のかぎりにて、はり物多くとり散らしてあるにあはせて、八丈うる物など、あまたよび入て、絹多くとりいでて、えりかえさせつつ、物どもをかへば、もの多かりける所かなと思て、たちどまりて見入るれば、折しも、風の南の簾を吹あげたるに、簾のうちに、なにの入たりとはみえねども、皮子(かはご)に、いと高くうち積まれたる前に、ふたあきて、 絹なめりとみゆるもの、とり散してあり。これをみて、うれしきわざかな、天道の我に物をたぶなりけりと思て、走帰りて、八丈一疋人に借りて、はきてうるとて、ちかくよりて見れば、内にもほかにも、男よいふものは一人もなし。ただ女どものかぎりして、見れば、皮籠もおほかり。物は見えねど、うづたかく、ふたあほはれ、絹なども、殊の外にあり。布うち散らしなどして、いみじく物多くありげなる所かなとみゆ。たかくいひて、八丈をばうらでもちて帰て、ぬしにとらせて、同類どもに、「かかる所こそあれ」と、いひまはして、その夜きて、門に入らんとするに、たぎり湯を面にかくるやうにおぼえて、ふつとえ入らず。「こはいかなることぞ」とて、あつまりて、入らんとすれど、せめて物のおそろしかりければ、「あるやうあらん。こよひは入らじ」とて、帰にけり。
つとめて、「さも、いかなりつる事ぞ」とて、同類など具して、うり物などもたせて、みてみるに、いかにもわづらわしき事なし。物多くあるを、女どものかぎりして、とり出、取りおさめすれば、ことにもあらずと、返々思みふらせて、又暮るれば、よくよく、したためて、入らんとするに、猶おそろしく覚えて、え入らず。「わぬし、まづ入れ」と、いひたちて、こよひもなほ、入らずなりぬ。
又つとめても、おなじやうにみゆるに、猶けしき異なる物も見えず。ただ我が臆病にて覚ゆるなめりとて、またその夜、よくしたためて、行向てたてるに、日ごろよりも、猶ものおそろしかりければ、「こはいかなることぞ」といひて、かへりて云やうは、「事を起したらん人こそはまづ入るらめ。先大太郎が入るべき」と云ければ、「さもいはれたり」とて、身をなきになして入ぬ。それに取りつきて、かたへも入ぬ。
(渚の独り言)
第三巻の始まりです! つづきます!
See You Again by_nagisa
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