巻三 (39)虎の鰐取りたる事


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巻三 (39)虎の鰐取りたる事




これも今は昔、
 筑紫の人が、商売のため、朝鮮半島の新羅に渡った時のこと。
 商売を終え、さて帰ろうと、舟で山の際をくだった商人は、
 水を補給しようと河口に舟を泊めた。

 船端からは、海面に山の影が映っている。
 高さは、三、四十丈だから、100メートルとか、150メートルくらい。
 その山の上に、身を屈めた虎がこちらの様子を窺っているのが見えたため、
 商人は大急ぎで周りに伝え、水汲みにやっていた連中も呼び寄せると、
 全員で櫓を漕いで舟を進発させた。
 と、動き出すやいなや、虎が舟に向って躍りかかってきたが、
 舟が出た後だったので、虎はあと数メートルのところで、海へ落ちた。

 舟を漕ぎ、急いでその場を離れながら、なおも虎を見ていると、
 虎はそのうち海から出て陸へのぼり、
 波打ち際の平らな岩の上へのぼったが、気づけば、
 左の前足が、膝から下で食いちぎられて、血がしたたっていた。
「サメに食われたんだ」
 と、虎は岩の上へ伏せながら、その噛み切られたところを水にひたし始めた。
「どうするつもりだ」
 そうこうするうちに、沖の方から、サメが虎の方へ迫って来た――と見えた瞬間、
 虎は右の前足で、サメの頭へ爪を立てるや、これを陸地へ数メートルも放り投げたのである。
 さらに、仰向けになり、慌てふためくサメへ躍りかかり、顎の下へ食らいつき、
 二度、三度とこれを打ち振ると、肩へ担ぎ、
 垂直の、二十メートルもあるような大岩へ三つの足だけで、
 下り坂を走るように一気に登って行ったのだった。

 この有様に、
 舟から見ていた連中は、ほとんど気も失わんばかりに驚いて、
「あれだけ強い虎だ。舟に飛び込まれていたら、
 どんな銘刀を抜き合わせても太刀打ちできるものではなかった……」
 と、気も心もくじけて、舟を漕ぐ力も失い、ほうほうの体で、筑紫へ戻ったのだという。




原文
虎の鰐取たる事

これも今は昔、筑紫の人、商ひしに新羅に渡りけるが商ひ果てて帰る道に、山の根に沿ひて、舟に水汲み入れんとて、水の流れ出でたる所に舟をとどめて水を汲む。
その程、舟に乗りたる者舟ばたにゐて、うつぶして海を見れば山の影うつりたり。高き岸三四十丈ばかり余りたる上に、虎つづまりゐて物を窺ふ。 その影水にうつりたり。その時に人々に告げて、水汲む者を急ぎ呼び乗せて、手ごとに櫓を押して急ぎて舟を出す。その時に虎躍りお りて舟に乗るに、舟はとく出づ。虎は落ち来る程のありければ、今一丈ばかりをえ躍りつかで、海に落ち入りぬ。
舟を漕ぎて急ぎて行くままに、この虎に目をかけて見る。しばしばかりありて、虎海より出で来ぬ。泳ぎて陸ざまに上り て、汀に平なる石の上に登るを見れば、左の前足を膝より噛み食ひ切られて血あゆ。「鰐(わに)に食ひ切られたるなりけり」と見る 程に、その切れたる所を水に浸して、ひらがりをるを、「いかにするにか」と見る程に、沖の方(かた)より鰐虎の方をさして来ると見る程に、虎、右の前足をもて鰐の頭に爪をうち立てて陸ざまに投げあぐれは、一丈ばかり浜に投げあげられぬ。のけざまになりて ふためく。頤(おとがひ)の下を躍りかかりて食ひて、二度三度ばかりうち振りてなよなよとなして、肩にうちかけて、手を立てたるやうなる岩の 五六丈あるを、三つの足をもちて下り坂を走るがごとく登りて行けば、舟の内なる者ども、これが仕業を見るに、半らは死に入り ぬ。「舟に飛びかかりたらましかば、いみじき剣刀(つるぎかたな)を抜きてあふとも、かばかり力強く早からんには、何わざをすべき」と思ふに、肝心失せて、舟漕ぐ空もなくてなん筑紫には帰りけるとかや。



(渚の独り言)

虎カッコイイ。

筑紫:
つくし。九州のことですけど、基本的には筑前、筑後の九州北部とか、太宰府のことを言うっぽいです。

新羅:
しらぎ。しんら。356年- 935年。
宇治拾遺物語の舞台が、だいたい西暦1000年とか、1100年ごろなので、「新羅」と言われると、当時の人には、存外、身近な存在だったかもしれません。

鰐:
わに。でもサメのこと。因幡の白ウサギが、ワニの背中にぴょんぴょん飛び乗るのは有名ですね。

朝鮮半島の虎:
昭和初期までは、普通に山の中に住んでたみたいです。



See You Again  by_nagisa

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