巻五 (71)伏見修理大夫の許へ殿上人ども行き向う事


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 これも今は昔。
 伏見修理大夫のもとへ、突然、殿上人が20人ほども押し寄せた。
 このため屋敷は大騒ぎ。
 饗応といっても、肴を用意する暇もないので、
 高価な机に、ただ時節の果物を並べただけというありさまだった。

 それでも、一同は、盃を重ねるうちに興が乗り、
 庭へ繰り出して遊び回っていたが、
 ふと馬小屋に、額のすこし白くなっている黒馬が二十頭ほど並んでいるのを見つけた。

 見れば、乗換え用の鞍も二十具、立てかけてあるので、
 殿上人連中は、酔っ払ったまま、二十頭の馬へ、それぞれ鞍を載せるや、
 馬ごと帰宅してしまったのであった。

 さて翌日。
「いや、昨日はずいぶんなことをしたな」
 と言い合っていると、
「いざ、もう一度押し寄せようぞ」
 と決まり、またも二十人で伏見修理大夫のもとへ押し寄せたところ、
 今度はしかるべき支度が調っていた。
 バタバタだった昨日とは異なり、畳を仕切って囲炉裏まで用意してある。
 また馬小屋を見れば、黒栗毛の馬が二十頭、きっちり用意してあるし、
 しかもそのいずれも、額に白い毛があるのであった。

 いくら何でも、世の中、伏見修理大夫ほどの人は、ほかにいない。
 彼は、宇治殿の御子であったものの、ほかに兄弟が多かったため、
 橘俊遠という、世間にも稀な物持ちの養子にされて、
 ついに、これほどの人になられたのだという。




原文
伏見修理大夫許へ殿上人共行向事

こ れも今は昔、伏見修理大夫のもとへ、殿上人廿人ばかり押寄せたりけるに、俄にさはぎけり。肴物とりあへず、沈地の机 に、時の物ども色々、たゞをしはかるべし。盃、たびたびになりて、をのをのたはぶれいでけるに、厩に、黒馬の額すこし白き を、二十疋たてたりけり。移の鞍廿具、鞍掛にかけたりけり。殿上人、酔みだれて、をのをの此馬に移の鞍置きてのせて返しにけり。
つとめて、「さても昨日、いみじくしたる物かな」といひて、「いざ、又、押寄せん」といひて、又、 廿人、押寄たりければ、このたびは、さる体にして、俄なるさまは昨日にかはりて、炭櫃をかざりたりけり。厩を見れば 黒栗毛なる馬をぞ、廿疋までたてたりける。これも額白かりけり。
大かた、かばかりの人はなかりけり。これは宇治殿の御子におはしけり。されども、公達おほくおはしましければ、橘の俊遠といひて、世中の徳人ありけり、其子になして、かゝるさまの人にぞ、なさせ給たりけるとか。



(渚の独り言)


どれだけ金もってるの。

伏見修理大夫:
ふしみのしゆりのだいふ。橘俊綱。宇治殿=藤原頼通さんの息子。
第3巻46話で、熱田大宮司をやっつける、尾張守の橘俊綱さんと同一人です。
金あり、胆力あり、そして実は血筋もすばらしいと来れば、小説の主人公みたいですね。
ここで屋敷へ押し寄せた中には、藤原一門の兄弟が含まれていたかもしれません。

殿上人:
てんじょうびと。
清涼殿の殿上の間に昇ることを許された人。三位以上と四位・五位のうち特に許された人、および六位の蔵人
……要するに、今をときめく貴族さまたちですね。

時の物ども:
検索したら、「果物」と出ましたので、そう訳しました。

沈地の机:
沈香の木で出来た、机。高級品だそうです。
沈香木というのは、東南アジア原産で、これが風雨や病気・害虫などによってダメージを受けた際に樹脂を分泌、その樹脂が良い香りのもとになるみたいです。ちなみに、この樹脂のついた木片は水に沈むので、「沈」の文字がついてます。

墨櫃:
すびつ。火鉢、と訳されることもあるようですが、この場合は、畳をきれいに動かし、炉を置いて準備をしていた――と言った方が、金持らしいです。

額の白い黒馬:
こういう馬(の模様)を、つきじろ(月白)というみたいです。
普通の馬よりも、デザイン的に優れているので、高級品だったのだと思われます。
ていうか、乗り逃げした馬は、そのまま返却しないのでしょうか……。



See You Again  by-nagisa

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