巻三 (41)伯母の事(前)


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巻三 (41)伯母の事(前)



 
今は昔、多気の大夫という豪族の当主が、
 常陸の国から、ある訴訟のため上京したとき、
 滞在先の向いに住む、越前守という人のもとで、説法会が開催された。

 ちなみにこの越前守は、「伯の母」とも呼ばれ、
 世間からたいそう尊ばれていた歌詠み名人の、父親。
 越前守の妻は伊勢の大輔で、そこには姫君たちがたくさんいたのである。

 さて多気の大夫が、暇つぶしがてら、その説法会へ参加した折、
 ふと御簾が風で吹き上げられて、屋内が表から見ることができた。
 そして大勢いる中で、紅の単衣着物を身につけた、とりわけ美しい人に目をとめて、
「あの人を私の妻にしなくては」
 と、一瞬で思い焦がれるようになった。

 そして多気の大夫は、越前守の家の者を呼んできて話を聞いてみると、
「長女の大姫御前が、紅の単衣をお召しです」
 とのことだったので、
「その大姫御前を、わしに盗ませろ」
 と言うと、
「思いもよらぬこと。さすがに出来ませんよ」
「それなら、大姫御前の乳母に連絡をとってくれ」
 と言うと、
「それであれば、そうお伝えします」
 と、その者は、乳母を呼んできた。

 そして大夫は乳母に金を百両与えるなどして、
「大姫御前をわしに盗ませろ」
 と強引に承諾させると、そういう運命にあったのであろう、
 大姫御前は、多気の大夫に盗み出されてしまい、
 乳母とともに、あっという間に常陸の国へ連れ去られてしまった。

 あとに残った人々は嘆き悲しんだが、もうどうすることも出来なかった。

【つづき】


原文
伯母事

今は昔、多気(たけ)の大夫(たいふ)といふ者の、常陸(ひたち)より上(のぼ)りて愁(うれ)へする比(ころ)、向かひに越前守(えちぜんのかみ)と いふ人のもとに経誦(ず)しけり。この越前守は伯(はく)の母とて世にめでてき人、歌よみの親なり。妻は伊勢の大輔(たいふ)、姫君にたちあまたあるべ し。多気の大夫つれづれに覚ゆれば、聴聞(ちやうもん)に参りたりけるに、御簾(みす)を風の吹き上げたるに、なべてならず美しき人の、紅(くれなゐ)の 一重(ひとへ)がさね着たる見るより、「この人を妻(め)にせばや」といりもみ思ひければ、その家の上童(うへわらは)を語らひて問ひ聞けば、「大姫御前 の、紅は奉りたる」と語りければ、それに語らひつきて、「我に盗ませよ」といふに、「思ひかけず、えせじ」といひければ、「さらば、その乳母(めのと)を 知らせよ」といひければ、「それは、さも申してん」とて知らせてけり。さていみじく語らひて金(かね)百両取らせなどして、「この姫君を盗ませよ」と責め 言ひければ、さるべき契(ちぎ)りにやありけん、盗ませてけり。
 やがて乳母(めのと)うち具(ぐ)して常陸へ急ぎ下(くだ)りにけり。跡に泣き悲しねど、かひもなし。



(渚の独り言)

なんて強引な。つづきます!

伯母、伯の母:
おば、じゃありません。
神祇伯という、宮廷で祭祀を司る神祇官の長官が「神祇伯」で、これの母親ということです。
※このお話には「伯」の人は登場しません。「伯の母」の若い頃のお話です。

伯:
はく。ここでいう神祇伯は、伯家神道白川家の祖である康資王のこと、だそうです。
というわけで、歌集などに、「伯の母」は、「康資王母(やすすけおうのはは)」という名前で登場することが多いようです。

多気の大夫:
たけのたいふ。板東平氏、平将門の親戚にあたる、平維幹。常陸大掾氏の祖だそうです。
力強い田舎の豪族の人ですね。

越前守:
高階成順。奥さんが有名な歌人、伊勢大輔、というくらいしか検索できません。

伊勢大輔:
いせのたいふ。女の人です。百人一首にも採用された歌人。
 いにしへの 奈良の都の 八重桜 けふ九重に 匂ひぬるかな




See You Again  by_nagisa

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