巻三 (48)雀報恩の事(下)


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巻三 (48)雀報恩の事(下)

 


さて十日ほど経って、この雀たちが戻ってきた。
 婆さんは喜び、とにもかくにも、
「口に何かくわえているかや」
 と見れば、瓢の種を一つずつ落として、飛び去った様子。
「案の定じゃ!」
 と喜び、拾って三カ所へ植えたところ、
 木はするすると生えて、たいそうな大きさに育った。

 婆さんは大笑いして、子供に、
「大したことも出来ない年寄と言われたが、わしは隣の女に勝ったぞ」
 と言えば、子供もそのとおりだと思った。

 とはいえ、実った瓢の数が少ないようだったので、できるだけ米を多く取ろうと、
 他人には食わせず、自分でも食べずにいたところ、子供が、
「隣のおばあさんは、隣村の人にも食わせたし、自分でも食うたじゃないか。
 わしらやほかの連中にも食わせてくれ」
 そう言われると、婆さんも、そうだなと思い、
「じゃあごく近くの連中だけに食わせて、
 ほかに自分と、自分ところの子供だけには食わせるとするか」
 と食べてみると、何とも比較できぬほどに苦かった。

 クソ苦い黄蘗みたいな味に頭がおかしくなり、自分も子供も近所の連中も、
 食べた連中はみんな、何かに取り憑かれたみたいにおかしくなってしまう。
 隣近所、食べさせられた連中も、
「何てものを食わせやがったんだ。恐ろしい奴ばらだ。
 ほんの露ほどを口に近づけただけの者でさえ、憑きものに憑かれたみたいに、
 死にそうになったじゃないか!」
 と、腹を立てて、
「責め立ててくれようぞ」
 とゾロゾロ乗り込んできたが、張本人の婆さんを始め、子供連中もみな前後不覚、
 嘔吐してぶっ倒れている有様で、苦情も何も言うこともできず、引き上げていった。

 そして、二三日して、全員ようやく復活すると、
 婆さんは、
「ああ、そうか。米になりかかったところを、慌てて食べたものだから、
 あんなふうになったのだな」
 と思い、残った瓢はしっかり腐らせておこうと、みんな吊しておくことにした。

 そして数ヶ月。
「そろそろ良い時分だろう」
 と、婆さんは、中味を移す大きな桶を持って、自分の部屋に入った。
 わくわくしながら、歯な無い口で耳まで笑いながら、
 桶を引き寄せ、中味を取り出せば、
 虻やら蜂やら、むかで、とかげ、蛇などが飛び出し、
 目鼻かまわず、わあっと取り付いたが、婆さんは痛みも何も気づくことなく、
「米が顔にかかった」
 と思って、
「しばし待ち給え、雀よ。少しずつで良いぞ」
 と言う始末。

 ほかの七つ、八つの瓢からは、同じように毒虫の類が出てきて、
 子供を刺し、食い、婆さんはとうとう刺し殺してしまったのだった。

 要するにあの雀は、腰を打ち折られたことを恨みに思い、
 数多の虫どもを語らって、瓢へ入れたのであった。
 一方の、善良なおばあさんの家の雀は、
 もともと腰を折られて命を失おうというところを、助けられ、
 カラスに食われそうになったところを養われたため、恩に感じたのである。

 というわけで、無闇に人をうらやんではいけないということだ。




原文
雀報恩事(つづき)

さて十日ばかりありて、この雀ども来たれば、悦びて、まづ「口に物やくはへたる」と見るに、瓢(ひさこ)の種を一つづつみな落として往ぬ。「さればよ」とうれしくて、取りて三所に植ゑてけり。例よりもするすると生ひたちて、いみじく大きになりたる。女、笑みまけて見て、子どもにいふやう、「はかばかしき事し出でずといひしかど、我は隣の女にはまさりなん」といへば、げさにもあらなんと思ひたり。これは数の少なければ、米多く取らんとて、人にも食はせず、我も食はず。子どもがいふやう、「隣の女房は里隣の人にも食はせ、我も食ひなどこそせしか。これはまして三つが種なり。我も人にも食はせらるらるべきなり」といへば、さもと思ひて、「近き隣の人にも食はせ、我も子どもにももろともに食はせん」とて、おほらかにて食ふに、にがき事物にも似ず。黄蘗(きはだ)のやうにて心地惑ふ。食ひと食ひたる人々も子どもも我も、物をつきて惑ふ程に、隣の人どももみな心地を損じて、来集りて、「こはいかなる物を食はせつるぞ。あな恐ろし。露ばかりけふんの口に寄りたる者も、物をつき惑ひ合ひて死ぬべくこそあれ」と、腹立ちて「いひせためん」と思ひて来たれば、主の女を始めて子どももみな物覚えず、つき散らして臥せり合ひたり。いふかひなくて、共に帰りぬ。二三日も過ぎぬれば、誰々も心地直りにたり。女思ふやう、「みな米にならんとしけるものを、急ぎて食ひたれば、かくあやしかりけるなめり」と思ひて、残りをば皆つりつけて置きたり。
さて月比経て、「今はよくなりぬらん」とて、移し入れん料の桶ども具して部屋に入る。うれしければ、歯もなき口して耳のもとまで一人笑みして、桶を寄せて移しければ、虻、蜂、むかで、とかげ、蛇(くちなは)など出でて、目鼻ともいはず、一身に取りつきて刺せども、女痛さも覚えず。ただ「米のこぼれかかるぞ」と思ひて、「しばし待ち給へ、雀よ。少しづつ取らん」といふ。七つ八つの瓢より、そこらの毒虫ども出でて、子どもをも刺し食ひ、女をば刺し殺してけり。雀の、腰をうち折られて、妬しと思ひて、万の虫どもを語らひて入れたりけるなり。
隣の雀は、もと腰折れて烏の命取りぬべかりしを養ひ生けたれば、うれしと思ひけるなり。されば物羨みはすまじき事なり。




(渚の独り言)

隣の婆さん。。。(´;ω;`)ブワッ
孫、子にいじめられ、隣と較べられ、頑張ろうとしたのだね、ばあちゃん。。。
ところで、この時代の所有権の考え方が興味深いです。 子供連中に馬鹿にされる婆さんですが、自分でこしらえた瓢箪は、確実に、婆さんのものなんですね。何のかんのと言いますが、子供も、無断で食べようとはしません。

黄檗:
きはだ。おうばく。また、キハダの樹皮から作った染料、または生薬……全国的に有名かどうかは知りませんが、有名な「日野百草丸」の主原料みたいです。
木の幹、表皮を削ると中が黄色いので、黄膚(キハダ)です。
ちなみに、禅の黄檗宗(おうばくしゅう)は、唐の高僧・黄檗さんに由来してます。そしてその黄檗さんは、若い頃に黄檗山建福禅寺というところで修行したので、「黄檗」と名乗った――そうです。






See You Again  by_nagisa

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