第3回 霊障
第3回 霊障「霊障ってなんだ?」
「霊障」というのは、「霊による障害」のことです。何か、特別なことを意味しているわけではありません。「霊障」というと、何だかおどろおどろしいようなイメージがありますが、「霊による障害」といえば、なるほど、などと思えませんか?。言葉のイメージって、怖いですね。
それは、まあいいとしまして、この「霊による障害」には、その霊によって、様々な状況があります。代表的な例をいくつかあげてお話しいたしましょう。
*先祖の影響によるもの。
これを霊障にいれていいものかどうか迷いましたが、まあ、基本的なことだし、これが最も多いので、あげておくことにしました。
先祖の影響、といっても、先祖が祟っているわけではありません。これは、間違えないで下さい。先祖が祟ると言うことは、絶対にありません。断言します。ご注意ください。
じゃあ、先祖の影響とはどういうことなのか···。それは、先祖が頼ってきている、ということなのです。そういう意味での、先祖の影響、なのです。
例えば、身体の調子が悪い、何かと運がよくない、病気がちだ、事故や災難に遭いやすい、などという方、いますよね。そのような目にあう原因は様々でしょうが(例えば家相が悪い、名前の運が悪い、住んでいる場所が悪いなどなど···)、先祖の影響によるものも、確かにあるのです。否、結構あるんですね、これが。
生あるものは、その生命を終えると、つまり亡くなると、六道に輪廻します。六道-地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天-のうちのどこかに生まれ変わるのです。天界に生まれ変わっていれば、まあ、いいのでしょうが、そうでないところ、例えば地獄だの餓鬼だの畜生だの、というところに生まれ変わっていると、これはちょっと大変です。
地獄など極悪人じゃない限り行かないよ、などと思うかもしれません。まあ、確かにそうでしょう。しかし、餓鬼は行きやすいところですし、畜生もあり得ることです。修羅などというところも行きやすいですね。
で、そういうよくないところに生まれ変わってしまった先祖は、当然苦しんでいます。従って、助かりたい、思います。もっといいところへ生まれ変わりたい、と望みます。しかし、自分自身ではどうしようもありません。いいところへ生まれ変わらせる方法はただ一つ、お坊さんによる供養しかないのです。
ですから、いいところへ生まれ変われなかった亡くなったものたちは、お坊さんによる供養を望むのです。お坊さんにお経をあげてもらいたいのです。それが、唯一の救われる手段なのですから。
しかし、死人には口がありません。供養してくれ、と伝える手段がないんですね。夢枕に立っても、その人が感の鈍い人だったら、気付いてもらえません。だけど、自分の現状を知って欲しい、そう思っています。
その思いが子孫に伝わる時、子孫にいろんな災いが起こるのです。亡くなった方が、苦しんでいる内容と同じような苦しみが、子孫にやってくるわけです。
こうして、子孫が長患いをしたり、運が悪かったり、何かとうまく行かなかったり、災難が多かったりするようになるのです。これは、先祖が祟っているのではありません。いいところに生まれ変わっていないから、供養して欲しいと、助けを求めているのです。救ってくれと、訴えているんですね。
実は、このパターンが、非常に多いんです。先祖がいいところへ生まれ変わっていないがために、子孫が苦しむ、というパターンです。この場合、先祖供養をしっかりすれば、次第に苦しみから解放されていきます。
これも、まあ、一種の霊障といえば言えなくも無いのですが、霊障というよりは、子孫が供養をサボってきたツケが回ってきた、ということなんですけどね。ま、一応、こういう場合が大変多いので、ご注意されるといいでしょう。
尚、先祖が苦しみから救われると、今度は、供養をしてくれた方を守ってくれるようになります。いわゆる守護霊になってくれます。
*住んでいる場所、土地によるもの。
これも、意外と多いようです。住んでいる場所が悪い、という場合です。これは、どういうことなのかと言いますと、簡単に言えば、その住んでいる場所に霊が集まりやすい、ということなのです。
土地には、まれに霊が集まりやすい土地、というものがあります。或いは、霊の通り道に当る土地、という土地があるのです。うそのような話ですが、そういう土地が実際にあるのです。人が住むのには、適さない土地が存在するのです。
そういう土地に、多少霊感が強い、という方が住みますと、誰もいないのに気配を感じたり、金縛りにあったり、変な音がやたらとしたり(いわゆるラップ音)します。ひどい状態になると、幽霊を見てしまったり、触られたような感触を受けたりします。まさか~、と思われる方もいるかもしれませんが、そういう経験をされた方は、意外に多いようです。霊感が強くなくても、次第に災難がやってくるようになります。病気がちになったり、運が悪くなったり、怪我や事故が多くなったり、家庭内紛争が増えたり·····。
それが、土地によるものなのかどうかは、実際にお話を聞くなり、その土地を見るなりしないとわかりにくいのですが、あなたの住んでいる土地が、そういう霊の集まりやすい土地であったり、霊の通り道であったりしても、悲観し、あきらめてしまうのはよくないでしょう。なぜなら、そういう霊を除ける方法があるからです。
もちろん、これは、素人さんにはできません。その職にある方にやってもらわなければならないのですが、それでも、助かる道はあるのです。
それは、その土地を清め、結界をはればいいのです。また、霊道に当っている場合は、その道をずらしてしまえばいいのです。そういうことができるのですから、あきらめたりしてはいけません。自分の住んでいる場所が怪しい······と思われる方は、相談されたほうがいいかと思います。
尚、こういう場合、土地を清めるためにお祓いをすることが多いのですが、軽い場合は御札で処理もできるでしょう。そうでない場合は、やはりお祓いが必要になってきますが、それも状況によっては、1度で済まない場合もあります。何回かお祓いが必要な場合もあります。それは、その土地によりけりですね。
*生霊によるもの。
これは、そんなに多くありません。どちらかというと特殊な部類に入ります。滅多にお目にかかることはありません。こんなのにとり憑かれるなんてことは、本当にごくごくまれです。よほど、怨みをかうような行為をしたとか、怨念を受けるような事をしない限り、生霊を受けることはありません。生霊というのは、怨みや呪い、怨念のかたまりなのですから。
ですから、人から怨まれるような行為をしない限り、生霊の影響を受けるなどということは、まずないのです。生きたまま霊を飛ばす、ということは、その生霊の主も大変エネルギーを使うことです。そうそう、怨みの気持ちが持続するもんじゃありません。何年も続くようなものではないのですよ。
ただし、もし、生霊に狙われたら、これはお祓いの必要があります。しかし、簡単にはお祓いなんてできません。生霊の本体を突き止め、なぜそんな目にあうのか、原因を知らなければならないのです。そして、相手によっては、念返し、をする場合もあります。まあ、しかし、こういうことは、滅多にありませんけどね。
*自分の念によるもの。
自念障害といいます。これも、一種の生霊になるかもしれません。と言うのは、自念障害というのは、自分の強い思い、執念によって起こる障害なのですから。言わば、自分の生霊によって、自分が苦しむ、というものなのです。この場合、もっとも起きやすいのが、身体の不調です。特に頭痛が顕著な例です。薬を飲んでも治らない、何をやっても治らない、原因もわからない、ただ頭が重く、痛く、苦しい。そんな状態になる方が多いようです。
原因不明の頭痛で、しかも、長年思いつづけている何かがある方は、この自念障害を疑ってみるのもいいかもしれません。これも霊障の一種ですね。
*いわゆる憑依によるもの。
これは、取り憑かれる、というものです。憑き物のことですね。
これが起こるのは、例えば、住んでいる場所が悪いために、いろんな霊的現象が起きたり、体調不良が起きたりしていても、何も対策をせず、放っておいたために、完全に取り憑かれてしまう、といったものです。
この場合は、取り憑くものは、人間の霊であったり、動物であったりします。
或いは、誰かに怨まれるようなひどいことをして、その方が怨みを強く残して亡くなった場合、その方に取り憑かれる場合とかもあります。
また、いわゆる心霊スポットなどに、興味や遊び気分で出かけて、取り憑かれるという場合もあります。よく、TVでやってますよね。何とかトンネルに幽霊が出るので、それを見に行きましょう、などという番組。そういうのを見て、「俺達も行ってみよう」などとは、思わないほうがいいですね。寝た子を起すようなマネはしないほうが賢明です。
尚、取り憑かれた場合、これを取り除くのは、状況と場合によりますが、お祓い以外にはありません。しかも、1度で済むかどうかはわかりません。
*祟りによるもの。
祟るのは、神様です。神様は、疎かにすると祟ります。これは恐ろしいです。この場合は、なかなか納まりません。
特に、怖いのは、水神さんや荒神さんです。
水神さんの場合は、井戸によるものが多いですね。昔使っていた井戸を使わなくなってしまい、放っておくとか、埋没してしまうとか、そういう行為によって、水神さんの怒りをかう、というのが最も多いですね。使わなくなった井戸を処理する時は、お祓いしたほうがいいでしょう。否、するべきでしょう。
いずれにせよ、神様に対し、不敬な行為や疎かにするのは、大変よろしくないことです。気をつけましょう。酔っ払って、鳥居に立ちしょん···などということは、絶対しないように。
*神様の眷属によるもの。
これは、ご存知ない方が多いと思います。わかりにくいので、例えでお話します。
お稲荷さんとは、どういう神さまかご存知でしょうか?。「キツネ」と答えた方、間違っています。そう答える方が多いと思いますが、これがいけないのです。「キツネ」は、お稲荷さんという神様のお使い、或いは、乗り物なんです。
お稲荷さんは、いわゆるダキニ天という神様です。ほとんどの場合、女神の姿で表現されますが、男神の姿もあります。また、稲荷明神とも言われます。お稲荷さんは、もともと、豊穣の神様で、収穫の神でもあります。簡単に言えば、お米(稲)がよく実るようにして下さる神様です。そこから、商売繁盛の神様へと発展するのですが、いずれにせよ、「キツネ」ではありません。人間のような姿をした神様です。
ですが、ここで問題があります。それは、祈る側が、お稲荷さんを「キツネ」と勘違いしている場合です。お祈りする側、お参りする側が、お稲荷さんをキツネと思ってお参りすると、お稲荷さん本体には、通じません。変わりにキツネが相手をするようになります。これがいけません。そのうちに、キツネが増長してきます。祈る側と波長が合えば、絶えず一緒にいることになります。こうして、憑き物へと移って行くんですね。
また、ご家庭でお稲荷さんを祀っているところが、たまにありますが-ちゃんと社を建てて-そういうご家庭は、できれば、月に1回くらいは、お坊さんなり神主さんなりに、お参りをしてもらうといいですね。そういうことをしないと、天部である神様は、その場所から立ち退いてしまいます。そうなると、残るのは眷属であった「キツネ」だけ。これは、いずれ問題を起すでしょう。
本来は、簡単に神様を祀るのはやめたほうがいいのですよ。極普通の神棚を祀ることはいいことですが、お稲荷さんや龍神などをご家庭で祀ることは避けたほうが賢明でしょう。
ちなみに、「私には龍神がついている、キツネが憑いている、」などという霊能者は、私は避けたほうがいいと思います。その方は、龍神がどんなものか、キツネがなんなのかを知らない方ですから。まあ、無くしもの探しはうまいでしょうけどね、そういう方は。
ざっと、簡単にお話してきましたが、これらは、状況により変わることがあります。ここにあげた例は、一般的な場合です。だいたいが、こういったケースに当てはまる、というものです。中には、特殊な場合もあります。
いずれにせよ、霊障などという目にあうのは、その人自身の守護霊の力が弱いからです。守護霊がしっかり力を持っていれば、霊障にあうこともないでしょうし、運も悪くはならないでしょう。たいていの場合、運が悪かったり、霊障に遭うような方は、守護霊が弱っているのです。守護霊が、その人を守るだけの力を持っていないんですね。問題の根本は、守護霊の強さにあるんですよ。
See You Again by-nagisa
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