巻七 (92)五色の鹿の事(下)


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巻七 (92)五色の鹿の事(下)
 


 さて、大王の狩人たちは山へ到着したが、
 例の鹿は、知るはずもなく、
 洞穴の中で寝ていた。

 そこへ、友とするカラスが、大王の軍勢を見つけて大いに驚くや、
 大声で鳴きつつ、鹿の耳をくちばしで引っ張った。
 目覚めた鹿に、カラスが言うには、
「国の大王が、多くの狩人を連れて、この山を取り巻いている。
 まさに、きみを殺そうとしているんだ。
 もう逃げられる道もないし、ああ、どうしたら良いんだだ」
 そう言うと、泣きながら飛び去ってしまった。

 鹿は事態に驚きつつ、こうなればと、洞穴を出て、
 大王の輿のもとへと歩み寄った。

 たちまち、狩人たちは矢をつがえて射殺そうとするが、
 大王は、
「待て。あの鹿は、我らを恐れる気色も無くやって来たのだ。
 さだめし、申したいことがあろう。射るでないぞ」
 そう言うので、狩人たちが矢を弓から外して見守っていると、
 果たして、鹿は、大王の輿の前でひざをついた。

「わたくしは、自らの毛の色を恐れるゆえに、この山深きところに身を隠してきました。
 にもかかわらず、大王はいかにして、わたくしの住まう処をお知りになったのですか」
 そう申し上げたところ、大王は、
「わしの輿のそばにある、顔にあざのある男――あの者が告げたゆえ、
 こうしてやって来られたのだ」
 と答える。

 鹿が見れば、なるほど、顔にあざをつけた男が輿の側にいた
 ――鹿が助けた男であった。

 鹿は彼に向って、
「私があなたの命を助けたとき、
 あなたは、この恩をどのように報いたら良いか尋ねました。
 それで私は、人に語らぬように言い、返す返す、約束もしました。
 それが今、その恩を忘れて、わたくしを大王によって殺させようとしています。
 水に溺れて死のうとしたあなたを、わたしは自らの命を省みずに泳ぎ寄り、助けた。
 ……あなたは、そのことを限りない喜びだとは、思わなかったのですか」

 そんなふうに、深く怨みをたたえた表情で言い、
 目には涙を流して泣いたのであった。

 このとき、大王もまた同じように涙を流して言うには、
「おまえは畜生の身ではあるが、慈悲心を持ち、人を助けた。
 この男は、目の前の欲にふけって恩を忘れた。
 この男こそ畜生と言うべきであろう。恩を知るを以て、人倫というのだ」

 そうして男を捕えるや、鹿が見守る前で首を斬らせたのであった。

 また国王は、
「今後、国中の鹿を狩ることは許さぬ。
 もしこの宣旨に背き、鹿を一頭でも殺す者があれば、
 すみやかにその者を死罪に処すべし」
 そう宣言し、帰還されたのであった。

 それから先、天下は安全になり、また国土も豊かになったという。




原文
五色鹿事(つづき)

その深山に入給。此鹿(かせぎ)、あへて知らず。洞(ほら)の内にふせり。かの友とする烏、これを見て大におどろきて、声をあげてなき、耳をくひてひくに、鹿おどろきぬ。烏告て云、「国の大王、おほくの狩人を具して、此山をとりまきて、すでに殺さんとし給。いまは逃げき方なし。いかゞすべき」と云て、泣く泣く去りぬ。鹿(かせぎ)、おどろきて、大王の御輿のもとに歩寄るに、狩人ども、矢をはげて射んとす。大王の給やう、「鹿(かせぎ)、おそるゝ事なくして来れり。さだめてやうあるらん。射事なかれ」と。その時、狩人ども矢をはづして見るに、御輿の前にひざまづきて申さく、「我毛の色をおそるゝによりて、此山に深く隠すめり。しかるに大王、いかにして我住所をば知り給へるぞや」と申に、大王の給、「此興のそばにある、顔にあざのある男、告申たるによりて来れる也」。鹿(かせぎ)見るに、顔にあざありて、御輿傍に居たり。我助けたりし男なり。
鹿(かせぎ)、かれに向ていふやう、「命を助たりし時、此恩、何にても報じつくしがたきよしいひしかば、こゝに我あるよし、人に語るべからざるよし、返返契りし処也。然に今、其恩を忘て、殺させ奉らんとす。いかに汝、水におぼれて死なんとせし時、我命を顧ず、泳ぎ寄りて助し時、汝かぎりなく悦し事はおぼえず」と、深く恨たる気色にて、泪をたれて泣く。
其時に、大王同じく泪をながしてのたまはく、「汝は畜生なれども、慈悲をもて人を助く。彼男は欲にふけりて恩を忘たり。畜生といふべし。恩を知るをもて人倫とす」とて、此男をとらへて、鹿の見る前にて、首を斬らせらる。又、のたまはく、「今より後、国の中に鹿(かせぎ)を狩事なかれ。もし此宣旨をそむきて、鹿の一頭(ひとかしら)にても殺す物あらば、速に死罪に行はるべし」とて帰給ぬ。
其後より、天下安全に、国土ゆたかなりけりとぞ。



(渚の独り言)

友だちカラスの薄情さが気になります。。。
それから訳し方によって、だいぶ印象が変る話だなあと思いましたー。

 

See You Again  by-nagisa

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