巻十 (119)吾妻人、生贄をとどむる事(2)
巻十 (119)吾妻人、生贄をとどむる事(2)
こうして、板東武者は、例の娘のもとを訪れ、
初めて娘を見れば、姿かたちは美しく、愛らしく、実にすばらしかった。
物思いにふけった面持ちで、机にもたれるようにして手習いをしていたが、
その袖に涙が落ちて、濡れてしまうのであった。
こちらの気配に、額に髪のかかる顔を上げたさまを見れば、
髪も濡れて、顔も涙に洗われたように、うち沈んだ表情をしていた。
ただ、人が来たことにふと恥ずかしげに顔をそむけた、その姿の愛らしいこと。
およそ気高く、気品があって、麗しく、とても田舎の娘というべきではないと思った。
板東武者は、これを見るなり愛おしくてたまらなくなったのである。
こうなれば、まさに、我が身がどのようになろうとも構わない。
とにかくこの娘の代わりにならねばと、娘の父母へ言うには、
「思いついたこともござるが、もしも姫御の御為に、
ご自分の身を滅ぼすようなことになったら、心苦しく思われますか」
と尋ねれば、
「子のために、自分の体がひどいことになるというなら、なれば良い。
心苦しくなど思いませぬ。このまま生き延びたところでどうなりましょう。
ただ貴方様の、お考えのとおりにしてくださいませ」
と答えるから、
「それでは、この祭の、御きよめをいたす」
と、武者は注連縄を引き巡らせると、
「決して、決して、人を寄せ付けぬようにしていただきたい。
それからまた、ここへわしが入ったと、人に伝えてはなりませぬぞ」
と伝えて数日。
板東武者は、この娘とまことに深い思いを交わして、暮したのであった。
(つづく)
原文
吾妻人、生贄をとゞむる事(つづき)
かくてあづま人、この女のもとに行てみれば、かたち、すがた、をかしげなり。愛敬(あいぎやう)めでたし。物思たるすがたにて、よりふして、手習をするに、なみだの、袖のうへにかゝりてぬれたり。かゝる程に、人のけはひのすれば、髪を顏にふりかくるを見れば、髪もぬれ、顏もなみだにあらはれて、思いりたるさまなるに、人の來たれば、いとゞつゝましげに思たるけはひして、すこしそばむきたるすがた、まことにらうたげなり。およそ、けだかく、しなじなしう、をかしげなること、田舎人の子といふべからず。あづま人、これをみるに、かなしきこと、いはんかたなし。
されば、いかにもいかにも我身なくならばなれ。たゞこれにかはりなんと思て、此女の父母にいふやう、「思かまふる事こそ侍れ。もしこの君の御事によりてほろびなどし給はば、苦しとやおぼさるべき」と問へば、「このために、みづからは、いたづらにもならばなれ。更に苦しからず。生きても、なににかはし侍らんずる。ただ思されんままにいかにもいかにもし給へ」と答ふれば、「さらばこの御祭の御きよめするなり」とて、四目(しめ)引めぐらして、「いかにもいかにも、人なよせ給そ。また、これにみづから侍と、な人にゆめゆめしらせ給そ」といふ。さて日比こもりゐて、此女房と思ひすむこといみじ。
(渚の独り言)
続きますー!
See You Again by-nagisa
この記事へのコメント