巻十 (119)吾妻人、生贄をとどむる事(3)


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巻十 (119)吾妻人、生贄をとどむる事(3)

 

 そうして――。
 板東武者は、数年来、山の狩りで使い慣らした優秀な犬の中でも、さらに賢い二匹を選び、
 それに生きた猿を捕えさせては、明け暮れ、盛んに食い殺させる鍛錬を積ませた。
 それでなくても、猿と犬とは敵同士。
 そこへ盛んに習わせたので、犬は、猿を見ては躍りかかり、数限りなく食い殺すようになった。

 そして自らは、朝晩、長大な太刀を磨き、刃を研いで、剣の用意をしながら、
 ひたすら、娘と物語をしていた。
「それにしても、わしは前世にいかなる約束をしたために、
 あなたの身代わりとなって、死のうとしているのか。
 無論、あなたのかわりと思えば、この命は惜しいものではない。
 ただ、あなたとの別れを聞かなければならないと思うことが、さびしく、哀しい」
 と言えば、女の方も、
「まことに、どのような方が、こうしてお越しになり、思いをかけてくださるのか」
 と、そのような語らいを続けることの悲しさであった。

 そして時は過ぎて、祭の当日。
 宮司をはじめ、多くの人が集まり、やかましく迎えに来た。

 真新しい長櫃を、娘の籠もるところへ押し込んで、
「儀式にのっとり、中へ娘を入れて、生贄として差し出されませい」
 と言うので、例の板東武者はひそかに、
「このたびばかりは、わしの申すままに致されよ」
 と、長櫃へ入り、体を臥せると、左右へ2匹の犬も入れて、
「おまえたちは、日ごろ手元で慈しみ飼ってきたものゆえ、
 このたびはわしの命の代りとなれよ」
 と言って掻き抱けば、犬は一声鳴いて、武者の脇へ添い寝して、伏せた。

 さらに、数日かけて問いだ太刀や刀をすべて中へ納めさせると、
 棺の蓋をかぶせて、布を結びつけ、女が入ったような恰好で封印をすると、
 露払いに矛、榊、鈴、鏡などをやかましく振り立てながら、
 たいそうな行列が長櫃を掲げて進むのだった。

 残された女は、これを聞くうちに、
「わたくしの身代りに、彼があのようなことをしているのは、何とも申し訳ない」
 と思いながらも、
「しかし不意に何か事が起きたら、わたくしの両親がどのような目に遭うか」
 と、どうしようもなく、嘆きつづけた。

 けれどそんな娘に、両親の言うには、
「我が身のために、神も仏もおそろしいのだ。死んでしまうのなら、恐れる必要はない。
 同じことであれば人事を尽くそう。今は、この身が滅んでも辛くはないよ」
 と言うのだった。

 こうして、生贄は神社へ運び込まれた。
 神主が丁重にのりとを申し上げ、神前の戸を開けて中へ長櫃を運び込むと、
 もとのように、戸は閉ざされた。
 そして、その外側に宮司を筆頭に次々の神官が居並んだ。

(つづく)





原文
吾妻人、生贄をとゞむる事(つづき)

かゝる程に、年比(としごろ)山につかひならはしたる犬の、いみじき中にかしこきを、ふたつえりて、それに、いきたる猿丸(さるまる)をとらへて、明暮は、やくやくと食ころさせてならはす。さらぬだに、猿丸と犬とはかたきなるに、いとかうのみならはせば、猿をみては躍りかゝりて、くひ殺す事限なし。さて明暮は、いらなき太刀をみがき、刀をとぎ、つるぎをまうけつゝ、たゞこの女の君とことぐさにするやう、「あはれ、先の世にいかなる契をして、御命にかはりて、いたづらになり侍なんとすらん。されど、御かはりと思へば、命は更に惜しからず。たゞ別きこえなんずと思ひ給ふるが、いと心ぼそく、あはれなる」などいへば、女も「まことに、いかなる人のかくおはして、思ものし給にか」と、いひつゞけ悲しう哀れなる事いみじ。
さて過ぎ行くほどにその祭の日になりて宮司より始め、万づの人々こぞり集まりて迎へに喧騒りきて、新しき長櫃をこの女の居たる所にさし入れて云ふやう「例のやうにこれに入れてその生贄出だされよ」と云へばこの東人、「ただこの度の事は自らの申さんままにし給へ」とて、この櫃に密に入り臥して左右のそばにこの犬どもを取り入れて云ふやう、「己等この日比いたはり飼ひつるかひありてこの度の我が命に代れ、己らよ」と云ひて掻き撫づれば、打うめきて腋にかひそひて皆伏しぬ。また日比研ぎつる太刀刀皆取り入れつ。
さて棺の蓋をおほひて、布して、結ひて封付けて我が女を入れたるやうに思はせして、さし出だしたれば、桙榊鈴鏡を振り合はせて前駈おひ喧騒りて、持て参るさまいといみじ。
さて女これを聞くに、「我に代りてこの男のかくしていぬるこそいと哀れなれ」と思ふにまた、「不意に事出で来ば我が親たちいかにおはせん」とかたがたに歎き居たり。
されども父母の云ふやうは、「身の為にこそ神も仏も怖ろしけれ。死ぬる事なれば今は怖ろしき事もなし。同じ事をかくてをなくなりなん。今は亡びんも苦しからず」と云ひ居たり。
かくて、生贄を御社に持て参り神主祝詞いみじく申して、神の御前の戸を開けてこの長櫃をさし入れて戸を本のやうに鎖して、それより外の方に宮司を始めて、次々の司ども次第に皆並び居たり。




(渚の独り言)


いよいよ佳境。つづきますー!

いらなき:
苛なき。際だって甚だしい、強い、鋭い。

太刀、刀:
太刀と刀は区別されてます。
Yahoo知恵袋によれば、
・刃を下向きに、吊し紐で腰につるす(「佩く」)のが「太刀」。
・刃を上向きに、帯に差すのが「刀」。
ほかのサイトでは、「太刀は馬の上で片手で使う武器」「刀は陸上で両手で使う武器」とあります。
馬上で、鎧戦闘の際に使う「太刀」の方が大きい感じですけど、見た目では、どうやって装着するかの他は、それほど違わないかもしれません。







 See You Again  by-nagisa

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