"徒然草紙·宇治拾遺物語"の記事一覧

巻十四 (184)御堂関白の御犬、晴明奇特の事

  巻十四 (184)御堂関白の御犬、晴明奇特の事  今は昔、御堂関白こと藤原道長が法成寺を建立し、 毎日、寺の御堂へ参詣していた。 道長はまた、白い犬をかわいがっていて、 参詣の時にはそれがいつも傍を離れず、お供をしていた。  さてある日。 いつものように道長の参詣に、白犬が供をしていたが、…

続きを読むread more

巻十四 (183)大将つつしみの事

  巻十四 (183)大将つつしみの事  これも今は昔、「月の大将、星をおかす」 と、天文博士が勘文、答申書を奉った。  これに基づき、「近衛大将は、厳重に身を慎むべし」 と命令が下ったので、小野宮右大将は、自分でもさまざまな祈祷をし、 また春日大社、山階寺などにも入念に祈祷させた。  さて、そ…

続きを読むread more

巻十四 (182)仲胤僧都、連歌の事

 巻十四 (182)仲胤僧都、連歌の事  これも今は昔、 青蓮院の座主のもとへ、鳥羽天皇の皇子、七宮がお越しになった折のこと。  御退屈を紛らわそうと、若い僧網や有職といった役付きの僧侶たちが、 庚申の宵の宴会を開いている折、ふと、 憎たらしい顔をした、給仕の上童(うえわらわ)が、 瓶子の片付け…

続きを読むread more

巻十四 (181)北面の女雑使、六のこと

 巻十四 (181)北面の女雑使、六のこと  これも今は昔、白河院の時代に、 北面の雑使に、評判の美女がいた。 名を、ろく、という。  殿上人が、宴を催して楽しもうとしていたが、 雨が降って、退屈な日になったため、ある人が、「ろくを呼んで、退屈をまぎらわせよう」 と思いつき、使いの者に、「六を呼…

続きを読むread more

巻十四 (180)玉の価、はかりなき事(下)

 巻十四 (180)玉の価、はかりなき事(下) (つづき)  さて、唐の国に到着して、「真珠を買おう」 という人のもとへ行くというので、 船頭が自分の真珠も、しょうずへ預けたところ、途中で落としてしまった。  びっくりして騒ぎ回って、探したがどこにあるかと悩ましく、 しょうずは仕方なく、自…

続きを読むread more

巻十四 (180)玉の価、はかりなき事(中)

 巻十四 (180)玉の価、はかりなき事(中) (つづき)  定重は家来を呼び、「わしの供の中に、真珠を持った者はおるか。いれば尋ねて呼べ」 と言うと、例の小うるさい唐人の下働きが素早く、 男の袖を捕えてきて、「さあ、これだこれだ」 と引き立てて来るので、定重が、「まことに、真珠を持って…

続きを読むread more

巻十四 (180)玉の価、はかりなき事(上)

 巻十四 (180)玉の価、はかりなき事(上)   これも今は昔、筑紫に、大夫の定重という男がいた。 今の箱崎の大夫、則茂の祖父に当たる。 その定重が、あるとき京都へのぼることになった。 亡き宇治殿のもとを訪れ、また他の知人にも心ざしを進呈しようと、 九州の地で、唐人から六七千疋ほども借金するため…

続きを読むread more

巻十四 (179)新羅国の后、金の榻(しじ)のこと

 巻十四 (179)新羅国の后、金の榻(しじ)のこと  これも今は昔、 新羅の国の后が、ひそかに男をつくっていた。  このことを聞いた帝は、后を捕えるや、 髪に縄を付けて上へ吊り上げ、 足を床から二三尺も離して放置したため、 后はどうすることもできず、 そのとき、心の中で思うには、 …

続きを読むread more

巻十四 (178)魚養の事

  巻十四 (178)魚養の事  今は昔、 遣唐使の一人が唐の国にいる間、現地で妻をもらい、子をもうけた。 その遣唐使は、子がまだ幼いうちに日本へ帰ったが、 帰る前、妻に約束をして、「別の遣唐使が派遣される際、手紙を届けさせよう。 それからこの子は、乳母から離れるころには、きっと迎えを寄越すよ」 そ…

続きを読むread more

巻十四 (177)経頼、蛇にあふ事

  巻十四 (177)経頼、蛇にあふ事   昔、経頼という相撲取りの家のかたわらに、 古い川があって、深く淵になっている箇所があった。  さてある夏。 川の近くに木陰があるので、涼をとろうと、 経頼は一重の薄ものだけを着て、着物をからげ、 足駄履きで、二叉杖をつきながら、童子一人をお供にやって来た…

続きを読むread more

巻十四 (176)寛朝僧正、勇力の事

 巻十四 (176)寛朝僧正、勇力の事   今は昔、遍照寺の寛朝僧正という人が、 仁和寺も親しく知るところだったので、そこの壊れた箇所を修理させようと、 大工や職人を大勢集めて、作業させた。  さて日も暮れて、大工たちがそれぞれ帰った後、 今日の進み具合はいかがであろうと思い、 僧正が衣服をから…

続きを読むread more

巻十四 (175)海雲比丘の弟子童の事(下)

 巻十四 (175)海雲比丘の弟子童の事(下) (つづき)  その後、この男の子は無事に、法華経全巻を読み終えた。 海雲比丘は、「おまえは法華経を読み通した。今より正式な法師となり、受戒を授かるのだ」 といって、男の子は法師となった。 「だがわしには受戒を授けることができない。 洛陽の…

続きを読むread more

巻十四 (175)海雲比丘の弟子童の事(上)

 巻十四 (175)海雲比丘の弟子童の事(上)  今は昔、 海雲比丘が道を歩いていると、十歳くらいの男の子に行き会った。「どういう子供だね」 比丘が尋ねると、男の子が答えていうには、「ただ道を行く者です」 という。  比丘が、「おまえは法華経を読むか」 というと、「法華経というものは、未…

続きを読むread more

宇治拾遺物語【休題閑話】

宇治拾遺物語【休題閑話】 第十三巻の(渚の独り言)後記 コメント    というわけで、十三巻の適当訳が終り、残すところ2巻かぎ独り言りとなりました。我ながら、ようやったものだと思います。 ふと見つけた小学館の「新編日本古典文学全集」の解説に、 編者は一七五話の末尾において…

続きを読むread more

巻十三 (174)優婆崛多の弟子の事

 巻十三 (174)優婆崛多の弟子の事   今は昔。 天竺に、仏の弟子で、優婆崛多(うばくった)という聖者がいた。 釈迦如来の入滅後、100年ほどして、 この優婆崛多(うばくった)聖者に、とある弟子があった。  さて優婆崛多は、この弟子の、いかなる心ばえをご覧になったのかはともかく、「女人に近づ…

続きを読むread more

巻十三 (173)清瀧川の聖の事

 巻十三 (173)清瀧川の聖の事   今は昔、清滝川の奥に、 柴の庵を建てて、修行を続ける僧侶がいた。 水が欲しい時は、水瓶を飛ばして汲みにやり、 それを呑んでいた。 そして年を重ね、自分ほどの行者は他にあるまいと、 時々慢心を起こすようになった。  そんな折、この僧侶の住まうところの、さ…

続きを読むread more

巻十三 (172)寂昭上人、鉢を飛す事

 巻十三 (172)寂昭上人、鉢を飛す事  今は昔、三河入道寂昭という人が、唐の国へ渡った後、 国王が高僧を召し集めて堂を飾り、僧膳を設けて、経の講義をさせた。  国王が、「今日の食事は、手を使う下働きは使わないこととする。 それぞれが自分の鉢を飛ばして、食事を受けるように」 と言った。 こ…

続きを読むread more

巻十三 (171)渡天の僧、穴に入る事

巻十三 (171)渡天の僧、穴に入る事   今は昔、唐にいた僧侶が天竺に渡り、 何ということはなく、もうとにかく色々とすばらしいから、 さまざまのところを見て、歩いていた。  そうしてある時、とある山に、大きな穴があった。 牛がいて、この穴に入って行くのを見て不思議に思い、 あとについて、この僧…

続きを読むread more

巻十三 (170)慈覚大師、纐纈城へ入り行く事(下)

 巻十三 (170)慈覚大師、纐纈城へ入り行く事(下) (つづき)  一人を招き寄せて、「これはいかなることだ。そのように堪え難きありさまなのは、どういうわけか」 大師がそう尋ねると、 男は木ぎれを手に、細い腕を差し出して、土に文字を書いた。 「これは纐纈城(こうけちじょう)なり。 こ…

続きを読むread more

巻十三 (170)慈覚大師、纐纈城へ入り行く事(上)

 巻十三 (170)慈覚大師、纐纈城へ入り行く事(上)  昔、慈覚大師が、日本へ仏法を習い伝えようと、 唐の国へ渡られた時のこと。  唐の会昌年中、武宗皇帝が仏法を滅ぼそうとして、 堂塔を破却せしめ、僧尼を捕えては殺したり強制的に還俗させるなどの、 大乱が起きた。  大師も捕まりそうになったた…

続きを読むread more