巻十二 (153)鄭太尉の事
今は昔、親孝行をする者があった。 朝夕に木樵をすることで親を養っており、 彼の親孝行の心は、天にも届いていた。
たとえば、梶も無い舟に乗って向いの島へ渡るとき、 朝には南の風が吹いて、北にある島へと舟を吹き寄せ、 夕暮れに、また彼が舟に木を乗せれば、北の風が…
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巻十二 (152)八歳の童、孔子問答の事
今は昔、 唐土の孔子が、道を行く途中、八歳ぐらいになる童子に出会った。 その子が、孔子に向って尋ねるには、「日が沈むところと、洛陽は、どちらが遠いですか」
孔子は、「日が沈むところは遠く、洛陽は近い」 童子は、「でも日が昇るところ、沈むところは見たこ…
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巻十二 (151)河原の院に融公の霊住む事
今は昔、 河原院というところは、左大臣・源ノ融(とおる)公の屋敷であった。 陸奥・塩釜の地にある釜を模したものを造り、海水を取り寄せて焼き塩をつくるなど、 さまざまな興趣に富んだことをしながら、住んでいたという。
やがて融公が亡くなった後は、宇…
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巻十二 (150)東人、歌よむ事 今は昔、 東国人で、和歌をたいへん好み、またよく詠む者がいて、 蛍を見た折、
あなてりや蟲のしや尻に火のつきて こ人玉ともみえわたる哉 ――あな照るや、虫のケツに火がついて、小さな人魂のようにも見えるもんだ
実はこれは、東国人のように詠もうと、 紀貫之…
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巻十二 (149)貫之、歌の事
今は昔、 紀貫之が土佐守に任じられ、任国へ下ってしばらく経って、 勤めを果たした年のこと。
貫之はその地で、七八歳になる、たいへんかわいらしい子供を、 この上もなく愛おしみ、慈しんでいた。
ところがこの子が急に病気になり、死んでしまったため、 貫之は泣き惑…
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巻十二 (148)高忠の侍、歌よむ事
今は昔、高忠という越前守がいた時のこと。 たいへん貧乏な家来がいて、昼も夜もまじめに勤めてはいたが、 真冬にも、薄い帷子(かたびら)などを着ているありさまだった。
雪がたいそう降ったある日のこと。 主人が身を清めるに際して、 この男が何かに取り憑かれたみ…
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巻十二 (147)木こり小童、隠題歌の事
今は昔。 お題の言葉を歌に詠む込むという「隠し題」を、たいへん好まれた帝がいた。 あるとき、雅楽の笛「ひちりき」について、隠し題にしてみなに詠ませたところ、 どれも出来のひどいものになった。
そんな中、木樵の童子が、明け方に山へ行く途中、「この頃…
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巻十二 (146)季直少将、歌の事
今は昔、少将の、藤原季直(すえなお)という人がいた。 病を患った後、いくらか回復したので内裏に参上し、 そこで当時は掃部助・蔵人に任じられていた源公忠に逢ったので、「病気がちなところはまだ完治していませんが、心配なこともありまして、本日参上しました。 今後…
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巻十二 (145)穀断の聖、不実露顕の事
昔、長きにわたって修行を続ける上人がいた。 米や麦といった五穀を断って、数年経っているという。
それをお聞きになった帝が、上人を神泉苑というところへ招き入れて、 ことに尊まれている。
さてこの上人は、木の葉ばかりを食べるということで、 ある折、物…
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巻十二 (144)聖宝僧正、一条大路渡る事
昔、東大寺の上座法師に、たいへんな富裕な者がいた。 それでいて、この法師は露ほども人に物を恵まず、 ケチ・慳貪の罪を深くしているように見受けられたから、 あるとき、当時はまだ若かった聖宝僧正が、 この上座法師が物惜しみの罪がひどいというので、わ…
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巻十二 (143)増賀上人、三条の宮に参り、振舞の事
昔、多武峰に、増賀上人という、貴い聖がいた。 まことに道心堅固の、きびしい人であり、 名利を嫌い抜いて、物狂いに徹したような振舞いをしていた。
さて、三条大后の宮が、尼になろうとした時のこと。 この増賀上人に、出家の戒師になってもらい…
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巻十二 (142)空也上人のひじ、観音院僧正、祈り直す事
昔、申し上げることがあるというので、空也上人が一条大臣の屋敷へ参り、 蔵人所で待っていた時のこと。
余慶僧正がやって来たので、話などをしているうちに、僧正が、「そのひじは、どうして折ったのですか」 と尋ねた。
空也上人が答えるには…
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巻十二 (141)持經者・叡實、効験の事
昔、閑院大臣殿(かんいんのおとど)藤原冬嗣卿が、三位中将であられた折、 重く瘧病(わらわやみ)をわずらわれた。
「神名というところに、叡實という持経者がいて、祈祷で、瘧病をよく落とすらしい」 と言う者がいたので、「その持経者に直接、祈祷させるべし」 と…
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巻十二 (140)内記上人法師、陰陽師の紙冠を破る事
内記上人、寂心という人がいた。 道心堅固の人である。
この上人があるとき、「御堂を造り、塔を立てることが最上の善根である」 と思い立ち、人々の間で勧進するようになった。
そうして上人が、播磨国で材木を集め終えた折のこと。
こ…
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巻十二 (139)慈恵僧正、受戒の日延引の事
慈恵僧正・良源が、比叡山の座主に就いていた時のこと。 受戒の儀式を執り行う当日、決められたとおりの用意も済ませて、 あとは座主の出仕を待つだけだ、というところで、 急に、座主が引き返してしまったため、 供の者たちは、これはどうしたことだ――と、不…
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巻十二 (138)提婆菩薩、龍樹菩薩のもとに参る事
昔、西天竺に龍樹(りゅうじゅ)菩薩という、智慧甚深の上人がいらっしゃった。 また、中天竺には、提婆(だいば)菩薩という上人がいて、 龍樹菩薩の智慧が深いことをお聞ききになり、西天竺へとやって来た。
門外に立ち、提婆菩薩が案内を請おうとし…
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巻十二 (137)達磨、天竺僧の行見る事
昔、天竺に寺があった。 最も多くの住み込み僧がいるところで、あるとき、達磨和尚がここへやって来た。
和尚が、僧侶たちの修行の様子を見て行くうち、 ある坊舎では念仏し、読経してさまざまな修行をしている。 と、別の坊舎を見れば、八十、九十になろうという老僧が…
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宇治拾遺物語【休題閑話】
第十一巻の(渚の独り言)後記
「今は昔」について
さて、第11巻までの現代語訳が終りまして、残りはだいたい3分の1。
適当訳者は、自分であれこれ勉強しながら、現代語訳を進めているので、ここで唐突に、「今は昔」について、書いておきます。
教科書などを見る…
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巻十一 (136)出家功徳の事
これも今は昔、筑紫の国に、とうさかのさえ、という齊の神がいらした。
さて、その神のいるほこらで修行する僧侶が、ある夜、 寝床で眠っていると、夜半ごろになったかと思われる時分、 ふと無数の馬の足音を聞いた。 通り過ぎるかと思っていると、「齊はいらっしゃいます…
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巻十一 (135)丹後守保昌、下向の時、致経の父にあふ事
これも今は昔、 丹後守保昌が任国へ下る際、与佐の山で、 一騎の、白髪の武士に行き会った。
道の傍ら、木の下に、馬にまたがったまま佇立しているので、 国司の郎党たちが、「あの年寄はなぜ馬から下りぬのだ。怪しからぬ奴。 咎め立てて、…
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