"宇治拾遺物語 肆12"の記事一覧

巻十二 (143)増賀上人、三条の宮に参り、振舞の事

    昔、多武峰に、増賀上人という、貴い聖がいた。 まことに道心堅固の、きびしい人であり、 名利を嫌い抜いて、物狂いに徹したような振舞いをしていた。  さて、三条大后の宮が、尼になろうとした時のこと。 この増賀上人に、出家の戒師になってもらいたいと、お召しの使者が来ると、上人は、「それは貴いこと。…

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巻十二 (142)空也上人のひじ、観音院僧正、祈り直す事

    昔、申し上げることがあるというので、空也上人が一条大臣の屋敷へ参り、 蔵人所で待っていた時のこと。  余慶僧正がやって来たので、話などをしているうちに、僧正が、「そのひじは、どうして折ったのですか」 と尋ねた。  空也上人が答えるには、「わたくしの幼少時分、母が物妬みをして、片手を取って投げつけ、…

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巻十二 (141)持經者・叡實、効験の事

    昔、閑院大臣殿(かんいんのおとど)藤原冬嗣卿が、三位中将であられた折、 重く瘧病(わらわやみ)をわずらわれた。 「神名というところに、叡實という持経者がいて、祈祷で、瘧病をよく落とすらしい」 と言う者がいたので、「その持経者に直接、祈祷させるべし」 と、冬嗣卿一行が、その者のもとを訪れる途上、 …

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巻十二 (140)内記上人法師、陰陽師の紙冠を破る事

   内記上人、寂心という人がいた。 道心堅固の人である。  この上人があるとき、「御堂を造り、塔を立てることが最上の善根である」 と思い立ち、人々の間で勧進するようになった。  そうして上人が、播磨国で材木を集め終えた折のこと。  この地に住む、とある法師が、陰陽師のつける紙冠を着用して、 お…

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巻十二 (139)慈恵僧正、受戒の日延引の事

    慈恵僧正・良源が、比叡山の座主に就いていた時のこと。 受戒の儀式を執り行う当日、決められたとおりの用意も済ませて、 あとは座主の出仕を待つだけだ、というところで、 急に、座主が引き返してしまったため、 供の者たちは、これはどうしたことだ――と、不審がった。  集っていた衆徒も諸職人も、「日も…

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巻十二 (138)提婆菩薩、龍樹菩薩のもとに参る事

    昔、西天竺に龍樹(りゅうじゅ)菩薩という、智慧甚深の上人がいらっしゃった。 また、中天竺には、提婆(だいば)菩薩という上人がいて、 龍樹菩薩の智慧が深いことをお聞ききになり、西天竺へとやって来た。  門外に立ち、提婆菩薩が案内を請おうとしたところ、 龍樹菩薩の弟子が別の場所からやって来て…

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巻十二 (137)達磨、天竺僧の行見る事

  昔、天竺に寺があった。 最も多くの住み込み僧がいるところで、あるとき、達磨和尚がここへやって来た。  和尚が、僧侶たちの修行の様子を見て行くうち、 ある坊舎では念仏し、読経してさまざまな修行をしている。 と、別の坊舎を見れば、八十、九十になろうという老僧が二人きりで、囲碁を打っている。 仏像もないし…

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